この地帯は、かつて二十村郷(にじゅうむらごう)と呼ばれていました。長岡市太田、山古志、小千谷市東山、川口町北部の一帯は、山間地に二十余の集落が点在し、牛の角突き習俗や錦鯉発祥の地として広く知られています。共通の祭事や行事があり、ヤマの暮らしを生き抜く術がいまも受け継がれています。
「本気でつきあえる仲間づくり」と称して、ワークショップを行っています。ツアーコンダクターにジョンムーア氏を迎え、荒谷に続く「ヤマの暮らし」(養鯉や狩り、山菜、米づくりなど)を魅力的に伝承し、体験することができる。ワークショップツアーです。
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荒谷ヤマの匠を紹介します。
土と草の匠/種の匠/棚田の匠/薬草の匠/山菜の匠/祭りの匠/川の匠/雪の匠/保存食の匠/狩りの匠/情報発信の匠/映像・ディレクター/はぁ~とふるバイヤー
集落の人間が集まって、ワイワイ言いながら、お手製のマップをつくりました。清書してない乱暴な絵ですが、よく見ると「ぬすっと畑」「角突場」「夫婦杉」「金鉢」「八海山」など、意味深な名前がいろいろ。その全貌は追って紹介していきます。不思議な言い伝えのある荒谷伝説。ご期待ください。



荒谷集落は、2004年(平成16年)に起きた新潟県中越地震の震源地である長岡市(旧北魚沼郡)川口町北部の中山間地域です。豊かな自然と四方を山に囲まれた、世帯数15戸・人口50人の、それはそれは小さな集落です。
地震後もこの地で永住していくことを決意した人々が「はぁ~とふる荒谷塾」という全世帯参加の地域活動団体を立ち上げ「荒谷で暮らしていくことの意味・意義」を共に考え、地震からの復興と新たな地域振興に向けた活動を展開し、集落の再生に取り組んでいます。

荒谷集落は平澤さんというご家族以外は、昔からの地縁、血縁の名残か、全員名字が「宮(みや)」さん」ですので、みなさん下の名前で呼び合っています(笑)。
また、近所の二荒神社の境内には「宮」の文字が書かれた「神額」が飾られていて、そんなところから「宮」の文字を荒谷集落のマークにしています。